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トワイライトの色 [日記]

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「なんで仕事辞めたの」と、私の近況を受話器から聞いた人は必ず言う。
――「いいかな、と思って」
――「なにいってんのよ! デザイナーなんて誰でもなれるわけじゃないでしょ?」

むらさきが沈殿する西の空に、べに色のミルクがこぽこぽと注がれていく。キラキラ光るおれんじのダイヤモンドが山の稜線の上に差しかかれば、今日ももうクライマックスだ。多摩川はこの時間が一番好きだ。私はこのまま土手の斜面に腰を下ろして、このクライマックスを構成する音に身を委ねる。

後ろを通り過ぎる高校生の自転車、野球場で最後の回を守る大学生、犬が息せきってボールを追いかける。

――「わかった、子ども産む予定があるんだ! だから辞めたんだ!」
――「…産まないよ」
――「…え?」
――「子ども、嫌いだもん」

ふうっと、煙を口から吐くと、代わりに秋の空気が肺に満ちた。
まぁ、不釣合だわな。私が主婦なんて。
シンプルなあかいカットソーとくろいロングスカートという出で立ちでも、隣で「おすわり」をしているしろいレジ袋は異様に映る。今日はそこからあおい葱のおてんばな髪がはみ出ている。

――「ええー、もったいなーい!」
――「そうかな?」
――「そうだよ!」

私が何よりも愛おしく思う生活は、なかなか他の人の賛同を得ることができない。「こーう、なっちゃったのね」と私のほうに両手を伸ばし、二等辺三角形を作ってくれた人もいる。そうじゃない。
そうじゃない。
事実、夕暮れに多摩川の土手で吸う一服は、真っしろい夜明けの光が差すオフィスで送信ボタンを押した後の一服よりもおいしいと思う。

『きょう、なに?』
『葱煮て玉子でとじたやつ』
『おおぉ』
『おおぉおおぉぉ』

家に帰って、一人キッチンに立ってから大事なのは想像力だ。沸騰のリズムに合わせて心臓をコトコトする。
沸き立つとうめいなお湯のなかで葱のあおがしゃっきりする。鍋のなかには魔法の素が満ちている。しかし、魔法をかけるのは私の役目ではない。これは魔法をかけるための小さな材料が揃っただけ。
玄関にただいま、と寝ぼけた声が響く。リビングがにわかにあかるくなる。
魔法使いが帰ってきた。

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