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2011.05.07 [【掃き溜めに、一葉歌。】のアーカイブ]

誕生日の翌日は、雨が降っていた。
しとしとと絶え間なく続く音には、布団の中から耳をそばだてていた。きっと、外の樹々の緑は一層濃くなっているだろう。
綿地のカーテンを突き破って、ほの明るい日差しが窓から入り込んでくる。眼を開けても暗くないことに私はほっとしていた。それは大地を冷やす雨ではなかった。潤す雨だった。
春ももう深い。

ゴボウのスープ
五穀米のサラダ
パプリカのムース

ベッドから立ち上がりながら、昨日のディナーのメニューを思い出す。
おなかはまだいっぱいだった。
一つ一つ浮かび上がってよみがえる度に、すっと野菜から滲んだスープの味が再び腹の袋に降り落ちてきた。

トマトとクリームチーズのカプレーゼ
鯛と有機野菜のソテー
香草のリゾット

リズムよく、ダンスの拍を数えるみたいに。
1、2、3、4、5、6、
最後まで数える前に思考を中断した。終わりまで迎えなければ、ずっとあの料理の中に埋もれていられる。

雨の音が響いている。さああ、とレコードの音の入っていない空白を流すように。
静かだった。
薄明かりは実家の障子越しの陽光を思い出す。
イ草の香りなどするはずもないのに。
誰もいない部屋。
ひっそりとした空気が佇むなかで一人で遊んでいるのは誰だったろう。

昨日食べきれなくて、包んでもらったショートケーキを取り出した。
外からの光はここにも照り返して、白が基調の室内に淡い白のトーンをもう一色加えていた。絵に描けないぐらいの、微妙なグレー。この淡さが好き。モネもずっと見つめてたグレーだ。
子供の頃、行きたかった雲の国。
触れなかったあの影が目の前でかたちになっている。
フォークで狙いを定める。
口に入れると、雲は生クリームの味がした。するすると消えてなくなっていく。ああ、きっとあの雲の国に間違いないよ。
子供の頃は食べれなかったのに、生クリーム。

ベランダに降る雨は、プランターに花を咲かせていた。
「お父さん、あれ何を植えてくれていたの?」
「覚えてないよ。ラディッシュかなにかじゃなかったかな」
一つ引っこ抜いてみたけれど、ラディッシュらしき球根はなかった。生きるためにまじめに這わせた根っこがあっただけで、私は自分のちょっとした欲でそれを外に出してしまったことをただただ申し訳なく思った。

ダメ元でまた植えてみた。
まぁ、だめだろうと私も忘れていたのに、いつの間にか茎を伸ばし、葉を拡げ、こうして花を咲かせていた。
元気な黄色の花だった。
屈託のない、ぎざぎざの花びらを湛えて、自らの存在を咲き誇っていた。

kiironohana.jpg

手紙には、私の誕生へのお祝いと、両親への感謝が綴られていた。
5/5はこどもの日であり、母に感謝する日でもあるとも。
こどもの日、誕生日、そして母の日。
その一連の流れの中で、私は生を授かった。
毎年、その流れは起こっていたにも関わらず、私は今までそのことに気を留めずにいた。

だから今年の母の日は、誕生日に言うべきもう一つの言葉を添えておこう。
お母さん、私を産んでくれてありがとう。

五月の雨はわりかし好きだな。
育つための雨だからかな。
リズミカルに響く音を聴きながら、今日のことはどこかに書いておこうと思った。






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